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ムーミンたちが扉を閉ざした相手は?【ムーミンクイズ】
ムーミン小説第1作の出版から80周年を迎えた今年、掲げるテーマは“The door is always open”(=扉はいつも開いている)。ムーミンやしきにはカギがなく、どんな生きものでも大歓迎!という、ムーミン物語の精神を示しています。
ところが、ムーミンやしきのドアをしっかり閉ざして、身を守ろうとする出来事がありました。その相手はだれ? いったいなにがあったのでしょうか?
ムーミンやしきにカギはある?
小説第3作『たのしいムーミン一家』で、ムーミン谷にやってきたトフスランとビフスラン。大きな旅行かばんを大事そうに下げた、小さなふたり組です。温かく受け入れたムーミントロールたちでしたが、夕方になるとふたりは「わっきい、こわあい、おるいやつ」が来ると不安を訴え、ドアを閉めてくれるよう頼みました。
ムーミンママは、うちは地下室しかカギがかからない、と困惑。ムーミンパパは家具を引っぱっていって一階の出入り口をふさぎ、備えを固めました。
そして、真夜中。トイレに行きたくなったヘムレンさんが外へ出ようとすると、階段の下の砂地にモランがいたのです!
モランは恐ろしい魔物?
ムーミン一家の目にモランがどんなふうにうつったか、引用してみましょう。
「とくべつに大きいというわけではないし、そう危険にも見えませんでした。しかし、モランがおそろしく意地のわるいやつで、いつまででも待ちぶせしているだろうことは、一目見ただけでわかりました。だからこそ、身の毛がよだつほど、ぞっとするのです。(略)そして、モランがすわっていた地面は、まっ白にこおりついていたのです。」(新版『たのしいムーミン一家』講談社刊/山室静訳より引用)
モランといえば巨大なイメージがありますから、ちょっと意外な記述ですね。トフスランとビフスランはムーミンママのハンドバッグにすっぽり入ってしまうほど小さいので、彼らにしてみれば「大きい」のかもしれません。
トフスランとビフスランは旅行かばんの中身をめぐってモランと対立、裁判が開かれました。
他の作品では叫び声やうなり声を上げるだけで喋ることのないモランですが、ここでは少しだけ言葉を話します。
また、さきほど引用した初登場のときには「おそろしく意地がわるい」「ぞっとする」と表現されていましたが、一方的に悪者として描かれているわけではありません。裁判でモランの側に立ったスニフは次のように述べています。
「モランはだれからも好きになってもらえず、ひとりぼっちなんですよ。だからあっちも、みんなをきらうんだ。(略)のけものにされてさびしく、ひとりきりで夜をすごしているというのに……」(同)
ちなみにこのシーン、旧版では「ばあさん」「おばあさん」という表現がありましたが、新版ではなくなっていて、年齢は不詳のようです。
えものを食べる?
お話のなかの時間軸を遡ってみると、小説第4作『ムーミンパパの思い出』で、若き日のムーミンパパはモランに遭遇したことがあります。
仲間たちと海のオーケストラ号で航海中、背筋がぞうっとするようなモランの狩りの歌が聞こえてきました。逃げまどう生きものを見たフレドリクソンは「生きたまま食べられちゃうぞ」と呟きます。ムーミンパパは勇敢にも海に飛び込み、モランに狙われていたヘムレンさんを救出!
モランが本当にえものを生きたまま食べるのか、そんなふうに噂されているだけなのかはわかりません。ここでは「モランは泳げない」とされています。
絵本でのモランの役割
絵本『さびしがりやのクニット』と絵本『ムーミン谷へのふしぎな旅』でも、モランは恐怖の象徴として登場します。
『ムーミン谷へのふしぎな旅』で、奇妙な世界に迷い込んだ少女スサンナは、夏だというのに吹雪に見舞われます。モランの名前は出てこず、灰色の不気味な姿が描かれているだけです。
『さびしがりやのクニット』では、夜毎聞こえるモランの叫び声に怯えたスクルットが助けを求める手紙をボトルに入れて流します。それを拾ったクニットは、山のように大きく、周囲のなにもかもを凍らせるモランに果敢に立ち向かいました。
クニットとスクルットにとっては怖い怖い存在。でも、絵を見ると、意外と愛嬌のある表情をしているような?
コミックスに出てくるのは男のモラン!?
コミックス第14巻『ひとりぼっちのムーミン』で、スニフが作った変身薬を小さな虫にかけたところ、こんな姿に! 慌てたスニフは薬を砂地にたらして水に変え、逃げようとします。
平べったく突き出した鼻、横一文字の口、岩のような身体に黒い手。その特徴は明らかにモランではあるものの、名前は明記されていません。ただ、グッズでもこの絵がモランとして扱われているので、モランだと考えて間違いはないでしょう。
日本語版では「化けもの/化け物」と訳されていますが、英語版はなんと「HIM」、つまり男性の代名詞で呼ばれています。小説の原語ではモランは女性代名詞で書かれ、種族ではなく同じひとりの個体だと考えられているので、モランは複数存在するのか、男性のモランもいるのか、とても興味深いところです。
あたたかな光を求めて
さて、小説に話を戻して、第6作『ムーミン谷の冬』に出てくるモランを見てみましょう。
ひとりだけ冬眠から目覚めたムーミントロールは、たきぎ小屋から泥炭が消えていると気づき、モランのせいだと考えます。しかし、それは冬の大かがり火のためにトゥーティッキや冬の生きものたちが持ち出したのでした。闇夜を照らし、お日さまを呼ぶ、冬のおまつりにみんな大喜び。
やがて、かがり火が燃えつき、真っ赤なおき火になった頃、モランが現れて、かがり火の真ん中に座りこんでしまいました。
モランは8月に見たときよりもずっと大きくなっていた、と書かれています。ムーミントロールがそう感じただけなのか、それとも冬になる本当に大きくなるのでしょうか。
モランが火を消してしまったと大騒ぎするムーミントロールをなだめるように、トゥーティッキは言います。
「あの人は、火を消しにきたんじゃないの。かわいそうに、あたたまりにきたのよ。でも、すわったとたんにあたたかいものはなんでも、消えてしまうの。今はまたきっと、しょげかえっているわ」(新版『ムーミン谷の冬』講談社刊/山室静訳より引用)
冷えきった炭の匂いをかいだあと、モランはムーミントロールのランプに近づきますが、それもすぐに消えてしまうのでした。
モランとムーミントロールに絆が?
モランとムーミントロールの関係が大きく変化するのは、第8作『ムーミンパパ海へいく』です。他の作品ではモランはアクセント的に顔を出すだけですが、この小説では物語を織りなす重要な糸の1本として描かれ、その存在がより深く掘り下げられています。
ムーミン谷を離れ、島をめざす船の上で、ムーミントロールはムーミンママに「あいつはどうしてあんないじわるになったの?」と問いかけます。「だれかがなにかをしたから、あんなふうになってしまったのかな」という息子の疑問に、ママはこう答えました。
「むしろ、だれもなにもしなかったんじゃないかしら。だれもあのひとのことは気にかけないという意味よ。(略)あのひとは、雨か暗闇のようなものか、でなければ、通りすがりによけなければならない石のようなものよ」(略)
「あいつと話ができるかな」(略)
「モランと話をしてはいけないし、あのひとのことを話してもいけないのよ。でないと、あのひとはもっともっと大きくなって、追いかけてくるわ」(新版『ムーミンパパ海へいく』講談社刊/小野寺百合子訳より引用)
そう言われても、ムーミントロールはモランについて考えるのをやめることはできませんでした。
そして、泳げなかったはずのモランはスカートを翼のように広げ、海を渡り始めたのです。
灯台の島で暮らすようになったムーミントロールは二頭のうみうまに魅了され、喜ばせたい一心でカンテラをふって合図を送りました。しかし、その光に引き寄せられたのはモランでした。
雨の夜、あかりを求めて、モランはひとりで歌いました。
「わたしのほかにモランはいない
わたしだけがモランなの
わたしは世界でいちばんつめたく
けっしてあたたかくはならないの」(同)
島は怯えてざわめき、ムーミントロールはモランをなだめようとカンテラを灯します。しかし、貴重な灯油が尽きる日が来てしまいました。モランのためにしてやれることはもうなにもないと知りつつ、ムーミントロールは手ぶらで会いに出向きます。
悲しみ、腹を立てるかと思いきや、モランはムーミントロールが来てくれたうれしさを伝えようと、スカートをひらひらさせながら歌い踊りました。モランが去ったあと、砂をさわると、もう凍りついてはいませんでした。
短く要約しましたが、原作小説では、ムーミントロールとモランのやりとりがとても丁寧に、また美しく綴られていますので、ぜひ通して読んでみてくださいね。
ムーミンバレーパークでも大人気!
モランは昨年末、ムーミンバレーパークの新キャラクターに加わり、その大きさと絶妙な動きが話題を集めました。
冬季イベント「WINTER WONDERLAND」はすでに終了していますが、「ムーミン谷のイルミネーションパレード」は土日祝限定で2025年2月24日(月・祝)まで延長開催中! 原作のエッセンスを大切に、単に大きくてユニークなキャラクターということではなく、孤独なモランとムーミンたちの交流を独自にアレンジした心温まるストーリー仕立てのパレードです。
ムーミンたちだって、未知のものを恐れる気持ちや、思い込みと無縁ではありません。最初からドア全開でだれとでも仲良くなるのは難しくても、少しずつ理解を深めて、心を通わせることはできるはず。そう、ムーミントロールとモランみたいに……。
文と写真/萩原まみ(text&photo by Mami Hagiwara)